Gemmy 141 号 「ラボトピックス「テネブレッセント スカポライトについて」」
テネブレッセント スカポライトについて
間中 裕二
はじめに
紫外線照射によって色が変わる石としては、ソーダライトの変種であるハックマナイト(ジェミー135号参照)が有名ですが、今回鑑別で遭遇したスカポライトは紫外線により無色から青色に変化することが観察されました(写真1・2)。この現象は最近テネブレッセンス(tenebrescense)と呼ばれています。
テネブレッセンス
“テネブレッセンス”はあまり馴染みのない言葉ですが、語源はラテン語の「暗闇」からきています。この用語は紫外線照射等により色変化を示しまた色が元に戻る物質に対して、かなり限定的に用いられています。より一般的な科学用語として対応するのはフォトクロミズム(photochromism)です。
テネブレッセンスは、ラテン語の“tenebrae”から派生した言葉です。イタリア語でもテネブローソ(tenebroso)は「闇」を意味します。
美術の世界では、光と闇の強烈なコントラストを用いた絵画の手法『明暗対比画法』のことをテネブリズム(tenebrism)と言います。バロック期のカラバッジオ(1573~1610、本名ミケランジェロ・メリシ)などが有名です。
クロミズム
クロミズムとは、物質の色や蛍光などの特徴が外部からの刺激によって可逆的に変化する現象のことをいいます。身近な例としては太陽光などの強い光をあびて黒っぽくなり、暗い場所に移ると色が薄くなったり消えたりするサングラスがあげられます。最近ではスポットライトに反応して色変わりする繊維としてウェディングドレスなどにも応用されているようです。
クロミズムを起こす原因となるのは光・熱・電気・圧力などが知られていて、多くの場合分子の電子状態が変化するために引き起こされます。外部刺激の要因によって『~クロミズム』と名付けられ、光によって引き起こされるクロミズムはフォトクロミズムと呼ばれます(熱が原因ならサーモクロミズム)。フォトクロミズムの訳語としては、可逆的変色や可逆的光互変があてられています。
当該石の鑑別特徴
表1
[外観] | |
透明度・色 | 透明無色 |
形状 | オーバルファンシーカット |
重量 | 1.746 ct |
寸法 | 9.62×7.44×4.82 mm |
[鑑別] | |
屈折率 | 1.541-1.538 |
比重 | 2.57(静水法) |
蛍光性 | LW:オレンジ色 SW:弱オレンジ |
この色変わりを示す石は、通常の鑑別手法によりスカポライトであることが確認されました。お預かりした石は0.7~2.3カラットの無色石で、屈折率・比重・蛍光性・拡大検査等は、ほぼ同じような特徴を示しました。表1は上の写真に示した石のデータです。また、ラマン分光分析によってもスカポライトであることが裏付けられました(図1)。
図1 ラマン分光
紫外線反応と色変化
1.紫外線照射
無色である当該石に紫外線を照射すると写真3・4のように長波紫外線(LW.)では強めのオレンジ色、短波紫外線(SW.)では弱いオレンジ色の発光が観察されました。
2.照射後の色
この蛍光自体はスカポライトであればよく見られる現象ですが、照射後に通常照明下で石を見るとわずかに青みを感じることができます。そこで、紫外線光源に数cmまで近づけ、10秒後と1分後の状態を比較してみました。10秒の露光ではわずかに青みを感じる程度の変化ですが1分間露光すると写真2のようにアクワマリン程度まで濃色に変化します。
3.退色現象
通常照明下では約1分で色がわずかなに残る程度、2分後ではほぼ無色、数分後では全くの無色になりました。ただし、ペンライト等の強い白熱光をあてると急速に無色化します。
今回鑑別した石については、SW.下での色変化のほうが大きいこと、この現象は何度でも繰り返して試すことができることが確認されました。また、燐光についてはダイヤモンビュー(Diamond View TM)を用いて映像を観察しましたが、一部のダイヤモンドやオパールのような燐光は認められませんでした。
内包物
ほとんどの石には、ほぼ全体にわたり平行かつ密な状態で管状インクルージョンが見られます(写真5)。また、一部には透明結晶が存在します(写真6)。
写真5 密な管状インクルージョン
写真6 透明結晶インクルージョン
蛍光X線元素分析(EDXRF)
表2 組成
化学式 | 質量% | モル% |
Na2O | 13.88 | 14.37 |
Al2O3 | 18.60 | 11.70 |
SiO2 | 60.23 | 64.29 |
SO3 | 0.83 | 0.66 |
Cl | 3.81 | 6.89 |
K2O | 2.04 | 1.39 |
CaO | 0.61 | 0.70 |
計 | 100.00 | 100.00 |
スカポライトは、その形状と語源から和名で柱石と呼ばれます。さらにスカポライトは鉱物のグループ名であり、ナトリウム(Na)側のMarialite (Na4Al3Si9O24Cl、曹柱石)とカルシウム(Ca)側のMeionite(Ca4Al6Si6O24CO3,、灰柱石)を端成分として連続的に変化する固溶体を形成します。今回鑑別したスカポライトの組成は、Marialiteと呼んでもよい程Na成分に富んでいます。また特徴的な元素としてはイオウ(S)が検出されています(図2・表2)。
スカポライトの屈折率はその固溶体という性質から、1.53~1.59の範囲で幅広く変動し、比重も同様に2.5~2.8の範囲で変化します。これらの値はMarialite 成分に富む(Naが多い)程、小さくなります。一般鑑別の屈折率1.54前後・比重2.57という値は元素分析の組成ともよく合致しています。
図2 EDXRF
鑑別書上の表記
スカポライトは、ソーダライトの変種であるハックマナイトのような名称を持ち合わせていないため、鉱物名と宝石名は同じスカポライトを用いますが、紫外線照射により明らかに色変わりを示すものは、備考欄にその旨を記述いたします。また、特別な処理がなければ開示コメントとして宝石名の下に『現時点ではカット・研磨以外に人的手段が施されていないとされる宝石です。』と表記されます。
鑑別結果
鉱物名 | 天然スカポライト |
宝石名 | スカポライト |
備考欄 | 当該石は、紫外線照射により色が変化します。 また、変化した色は時間が経過すると元に戻ります。 |
※テネブレッセントおよびテネブレッセンスという用語は広く認識されていないため、
鑑別書上には表記いたしません。