Gemmy 140 号 「ラボトピックス「レアストーンあれこれ」」
レアストーンあれこれ
間中 裕二
はじめに
今回は、宝石の鑑別に携わる者であれば常に紐解くであろうGems(R.Webster著)や宝石宝飾大辞典(近山 晶著)にも載っていない、宝石種としては普段あまり目にすることや耳にすることがない希少石を取り上げてご紹介してまいります。
天然バッデリーアイト
写真1
バッデリーアイト(Baddeleyite)は化学組成がZrO2(酸化ジルコニウム)であり、基本的な組成が同じである人造キュービックジルコニアの天然石のカウンターパートにあたります。
同じ組成であってもバッデリーアイトは単斜晶系に属し、一方の人造キュービックジルコニアはその名が示す通り等軸晶系に属するため、多形(同質異像)の関係にあたり鉱物学的には全く別種となります。
鑑別を行った石(写真1)は、わずかに緑味を帯びた褐色でさらに濃色のため、複屈折性はやっと確認される程度です。屈折率もオーバースケールであり通常の宝石学的手法には限界があります。この石を確実に鑑別するには元素分析やラマン分光といった機器分析が必要となります。
宝石学的な特徴
透明度・色 | 透明・(濃)帯緑褐色 |
形 状 | ラウンドファンシーカット |
重 量 | 1.006 ct |
サ イ ズ | 5.82×5.92×2.58 mm |
屈 折 率 | オーバースケール |
比 重 | 6.02(静水法) |
バッデリーアイトとキュービックジルコニアの比較
蛍光X線元素分析(EDXRF)
天然のバッデリーアイトは、主成分であるZrO2が97%程を占め、微量成分としてHf(ハフニウム)やTi(チタン)がわずかに検出される程度です。(チャート1)
一方、現在流通しているほとんどの人造キュービックジルコニア(チャート2)にはZrO2の他に安定剤としてかなりの量(10mol%程)のY2O3(酸化イットリウム)が含まれるという特徴を持っています。この10mol%という量は高い秩序を持った等軸晶系の構造を安定させるためです。Y2O3が少なすぎると等軸晶系と正方晶系のものが2相存在してしまうため、Y2O3が少な過ぎるものは通常製造されません(多すぎても非秩序的になります)。従ってEDXRFによる分析は鑑別において非常に有効であると言えます。
チャート1 EDXRF・天然バッデリーアイト
チャート2 EDXRF・人造キュービックジルコニア
ラマン分光データ
顕微ラマン分光分析(514nmレーザー励起)によるデータを見ても、その発光ピークは大きく違うため区別することができます。細く絞ったレーザー光を用いるこの方法では、メレサイズの石であっても検査が可能であるという利点があります。(チャート3・4)
チャート3 ラマン・天然バッデリーアイト
チャート4 ラマン・人造キュービックジルコニア
天然ポウドレッタイト
写真2
ポウドレッタイト(Poudretteite/KNa2B3Si12O30)は、淡いピンク色を示すきわめて稀なオースミライト(大隈石)グループに属する宝石種です(写真2)。この石はカナダ、ケベック州のモンサンチレール(Mont Saint-Hilaire)で発見され、名称はこの地区の採石場を所有するプードレット一族に因んで名付けられたものです(従って日本語で表記する場合プードレッタイトとしてもよい)。詳しい報告は、Gem & Gemology 2003年春号に発表されていますが、鑑別で遭遇することはめったにあることではないため、鑑別上の特徴を報告します。近年ミャンマーのモゴク地区でも発見されていて、当該石もモゴク産として入手したとのことです。
宝石学的な特徴
透明度・色 | 透明・淡ピンク色 |
形 状 | ペアファンシーカット |
重 量 | 0.152 ct |
サ イ ズ | 5.18×3.25×2.00 mm |
屈 折 率 | 1.510 - 1.530 |
屈 折 性 | 一軸性(正) |
比 重 | 2.53(静水法) |
蛍 光 | 不活性 |
分 光 性 | 明瞭な吸収はない |
拡大検査 | 管状包有物 |
赤外分光(FT-IR)
中赤外の分光では5249,3658,3583,2779(cm-1)に特徴的な吸収が見られます。(チャート5)
チャート5 FT-IR・ポウドレッタイト
ラマン分光
ラマン分光分析(514nmレーザー励起)によるデータでは316,427,489,551,1175(cm-1)に特徴的なピークが見られます。(チャート6)
チャート6 ラマン・ポウドレッタイト
天然ユガワラライト
写真3
ユガワラライト(Yugawaralite/Ca2 [Al4Si12O32]・8H2O)は、その名が示すとおり、神奈川県の湯河原温泉(不動滝)で最初に発見されたゼオライト(沸石)に属する鉱物です。発見者は鉱物マニアの世界では有名な櫻井欽一氏で、記載されたのは1952年ですが戦前にはその存在に気づいていたようです。ユガワラライトは通常薄い板状の結晶形状を示すため、最初に鑑別したときには、この種のものまで研磨され宝石となることに驚きをおぼえました(写真3)。現在はインド産が稀に流通していますが、原産地の湯河原では天然記念物で採集禁止です。(当該石もインド産とのこと)
鑑別上の注意点は、屈折率も近いエピスティルバイト(Epistilbite)といった同じカルシウム系のゼオライトと混同しないことです。
宝石学的な特徴
透明度・色 | 透明・無色 |
形 状 | エメラルドカット |
重 量 | 0.162 ct |
サ イ ズ | 5.26×3.25×1.54 mm |
屈 折 率 | 1.50 - 1.49 |
屈 折 性 | 二軸性(正) |
比 重 | 2.28(静水法)実測 |
蛍 光 | 不活性 |
分 光 性 | 明瞭な吸収はない |
拡大検査 | 目立つ包有物なし 通常液体包有物 |
赤外分光(FT-IR)
ゼオライトは結晶水を含む珪酸塩鉱物であるため、赤外部では大きな水の吸収帯が特徴的です。(チャート7)
チャート7 FT-IR・ユガワラライト
ラマン分光
ラマン分光分析(514nmレーザー励起)によるデータでは406,448,479に3本集まったピークおよび1131(cm-1)等に特徴的な発光が見られます。(チャート8)
チャート8 ラマン・ユガワラライト
今回は、コレクターズストーンとしては名を知られていますが、一般にはほとんど遭遇することのない希少石を取り上げてみました。機会があればまた珍しい宝石種をご紹介したいと思います。