Gemmy 138 号 「第30回国際宝石学会報告」

Gemmy


Gemmy 138 号 「第30回国際宝石学会報告」

「第30回国際宝石学会報告 30th INTERNATIONAL GEMMOLOGICAL CONFERENCE」

マトリョーシカ

第30回国際宝石学会が2007年7月15日から19日までの5日間 モスクワ(ロシア連邦)にあるロシア科学アカデミー(RAS)に於いて開催されました。
砂川教授、バリツキー博士、G.ボシャート博士、K.シュメッツァー博士、J.コイブラ氏などのような世界的に有名な宝石学者が演壇を飾り、24カ国以上からの代表が参加した壮大なイベントでした。始めにRAS副総裁であるN.P.ラベロフ博士が第30回IGCの実行委員長として開会の挨拶を行い、続いて宝石学の進歩に偉大な影響を与えてくれた故人の紹介と哀悼の意がコイブラ氏から述べられ、4日間の学会講演がスタートしました。
世界の様々な国からの代表は、宝石学の多くの側面から特に鉱物、宝石の加工処理、有機物、合成、採掘、および地質学的な研究を含む50以上の研究発表を行いました。それらにはダイヤモンドの合成や処理に関する研究、コランダムやエメラルドなどの宝石の特性に関する研究、シベリアやスリランカの宝石鉱床のアップデート、ピンク系ダイヤモンドの色因に関する研究、ベリリウムを含有する天然サファイアの研究、カット形状により変化する外観を見るシミュレーションソフトの開発などが含まれていました。

印象にのこった発表

◇未処理でベリリウムを含む天然サファイア

S.McClure氏(GIA)は、ニューヨークの市場で借り集めた500pcsのサファイア全てにLa-ICP-MSを用いてベリリウムに関する検査を行ない、自然界でベリリウムを含んだサファイアを発見しています。それらを細かく分析した結果、ベリリウムの発生箇所には特徴があり、常にクラウドと関連しており、La-ICP-MS分析ではニオブ(Nb)、タンタル(Ta)などの元素と常に何らかの関係をもつことが、多くの写真を用いて説明されました。
また、タイのP.Wathanakul教授(GIT)からも同様のベリリウムを自然界で含んだブルーサファイアの研究発表がありました。世界各地のブルーサファイアをサンプルとして集め、特に玄武岩からのものについて研究を行いました。多くのサンプルからベリリウムだけでなくGIAの発表と同様にニオブ、タンタルなどのイオン半径が大きくコランダムに入り難いはずの元素も検出され、それらがどのようにコランダム結晶中に取り込まれたかという推論も述べられました。そして、天然起源か拡散処理によるベリリウムかを決定する方法としてGIAと同様、La-ICP-MSを用いて検査を行ない、ベリリウムがクラウド状の部分から検出されるか、ベリリウムは散発的に入っているか、その他のニオブ、タンタルなども一緒に検出されるか、このような検査でベリリウムが天然起源のものか拡散処理によるものかを判断してはどうかという提案がされました。

◇ダイヤモンドのカラー、クラリティー処理

N.I.Bezmen氏(ロシア科学アカデミー)は、高温高圧(最大5000バール)容器内で水素の拡散や移動を制御し、ダイヤモンド中に存在する窒素に関連する欠陥を変化させる新しい処理方法が発表されました。その処理により水素圧の存在は欠陥を部分的に変化させ、N3、H2、H3やH4タイプの黄色味を与える窒素欠陥を変化させるだけでなく、高い水素圧のためダイヤモンドの構造も改良出来るらしく、結果としてカラーグレードの向上や蛍光性に変化が見られ、以下の4項目の分析データを用いた説明が行われました。
1. 特に低窒素濃度ダイヤモンドにおける窒素濃度の減少(最大60%)
2. ダイヤモンドの透明度の増加(最大35%)
3. ダイヤモンドのUVルミネッセンス放出強度の減少(完全消失までの)
4. ダイヤモンド結晶における残留内部圧力の除去

◇内包物に関連した無色化現象(クロモフォア・カニバリゼーション)

J.Koivula氏(GIA)はクロモフォア・カニバリゼーションという現象に着目したサファイアの非加熱証明の手法を紹介しました。ブルーサファイア中に同生的にシルクやイルメナイトが内包物として成長する際、ブルーサファイアの色原因である鉄やチタンはそれら内包物の成長に不可欠であるため、よりそれらの元素が消費され内包物周辺では無色化現象がみられます。この現象をクロモフォア・カニバリゼーションと呼びます。当発表では、非常に多くの写真を用いてこの現象を利用したブルーサファイアの加熱・非加熱の判定方法について紹介されました。

◇トパーズへのコーティング処理

L.Kiefert氏(AGTA)は、アゾティック社、レスリー社、スワロフスキー社、3社の処理トパーズについて、コーティングの手法や色等についての発表を行いました。近年、ディフュージョンと称して販売されている多くの色のトパーズが見かけられます。それらの中の殆どは我々の検査結果ではコーティングですが、一部の物については未だコーティングなのかディフュージョンなのか正体がはっきりしないものもあります。今回の発表でも結論は出されていませんが、これらを供給している3社の処理トパーズについてまとめると以下の通りになります。

アゾティック社(Azotic)

方法 パビリオンの上の金属、酸化物、および窒化物のスパッタリング。
着色剤  ブルー:チタン、レッド:金

レスリー社(Leslie)

方法 着色材は粉の状態で、トパーズはその中に埋め込まれ、加熱する方法。レスリー社は、ディフュージョンと呼んでいます。
着色剤  ブルー:コバルト、レッド:金または鉄、オレンジ:銅または鉄

スワロフスキー社(Swarovski)

方法 着色剤で作られたプレートにパビリオン側の型を取り、その中にトパーズを埋めて加熱する方法。着色はパビリオン部だけ。スワロフスキーはこの方法を「Thermal Color Fusion(TCF)」と呼び、固いセラミック層がパビリオン上に出来上がっています。
着色剤  ブルー:クロムとコバルト、クロムと鉄、レッド:鉄、オレンジ:鉄

いずれのものも拡散である証拠は見られませんでしたが、レスリー社とスワロフスキー社のものは、耐久性に優れ、トパーズ表面とコーティング層間に化学反応が起こっていると考えられるという内容でした。

講演以外に3日目、4日目には見学会が用意されており、クレムリンの武器庫(宝物殿)やダイヤモンド庫を見学しました。
武器庫は、16世紀にクレムリン内に創設された武器の製造場兼収納庫が前身で、17世紀には福音書やイコンなどに金箔装飾をしたり、宝石類を埋め込む緻密な技術を習得した職人を数多くかかえた工房としても用いられていたそうです。18世紀初頭、ロシアの首都がサンクトペテルブルクに移ってからは、帝室所有の貴重品を収める宝物殿となり、1813年にピョートル大帝の命により博物館として発足したロシアで最古の博物館です。
武器庫に併設されたダイヤモンド庫は、ロマノフ王朝がかき集めた宝石類が集まった世界最高級の宝石保管庫で、入庫前の金属探知機での厳重なチェックや入場制限が行われています。このため、入場者はカメラ、携帯電話などを予め少し離れた地下のクロークに全て預けてから入場することになります。
中は、展示スペースのみに光が当たる、さほど広くない暗い四角い空間で、内側のケースには発掘されたままの状態の金塊やプラチナ塊が無造作に並べられ、説明に類するものが一切無いまま展示されています。メインのダイヤモンドは、入口からすぐの壁の一辺に並んでおり、無造作に10カラットくらいあると思われるダイヤモンド原石が山のように積まれていました。そして部屋の奥には数え切れない程のロマノフ王朝の至宝が並んでおり、女帝エカテリーナ2世に愛人の一人が贈った世界最大のダイヤモンドといわれている「オルロフ」や「シャー・ダイヤモンド」(弊社ホームページ“14の有名ダイヤモンド”を参照下さい)が展示されています。
カメラ撮影は禁止であったため写真をお見せ出来ないのが残念ですが、このように多くのダイヤモンドや宝物を見せられた学会参加者たちはその凄さに圧倒され、入場制限で一時間半も待たされて憤慨していたことも忘れてしまいました。
スケジュールの都合上、我々は最終日を待たずして帰国しましたが、最終日のゼネラルミーティングで次回 第31回国際宝石学会は2009年にタンザニアで開催されることが発表されたそうです。

以下に、第30回 IGCのいくつかの写真を紹介します。

会場のあるロシア科学アカデミー(RAS)ビル入口

会場のあるロシア科学アカデミー(RAS)ビル入口

学会開始直前のプレジデントホール雰囲気

学会開始直前のプレジデントホール雰囲気


ロシア産パープルダイヤの研究発表 Titkov氏

ロシア産パープルダイヤの研究発表 Titkov氏

ポスターセッション風景

ポスターセッション風景


ポスターセッション風景

ポスターセッション風景

赤の広場とスパスカヤ塔

赤の広場とスパスカヤ塔


ボロヴィツカヤ塔と右側は武具庫

ボロヴィツカヤ塔と右側は武具庫

大クレムリン宮殿

大クレムリン宮殿