Gemmy 149 号 「小売店様向け宝石の知識「宝石大国・インド4」」
宝石大国・インド4
御徒町・神戸・甲府では多くのインド人宝石商が活躍している。インド宝石商にはジェイン、メタ、カラ、ラジグル、ベイド、パドニィさんという名前の人が多い。彼等の多くはジャイナ教という宗教信仰者たちである。神戸には立派なジャイナ教寺院がある。
JR御徒町近くのビルの一室にはジャイナ教の小寺院もあって朝夕に信者が訪れる。
筆者は今から丁度50年前、1958年に初めてインドに長期出張滞在し全インド各地を訪れた。当時インドは英国から独立して間もなかった。インド政府は殖産興業を目指し、国民に就業機会を与えるための手段としてウォッチ生産工場の設立を計画した。
ここに日本の優秀高度な時計生産技術の援助を求めてきたのだ。
当時スイスは時計生産技術の国外移転を禁止していた事情があった。現在インドには国産時計「HMT」ブランドが製造販売され人気を博している(HMT工場所在地:バンガロール=ITセンターで世界的に有名)。これは日本の技術援助でできたウォッチである。
当時、筆者は長期にわたり全インド各地を訪れ時計市場調査を行った。そこで気づいたのは時計・宝石・貴金属商にジャイナ教信者が多いことであった。
デリーにはJayna Time Co.というジャイナ教信者経営のクロック工場がある。ジャイプールには、Jain Jewellery Factoryがあり、ムンバイ(旧ボンベイ)のダイヤモンド商人にもジャイナ教信者が多い。
ジャイナ教は、インド固有の宗教で、戒律は厳しく、「うそを禁じ、信用第一」を重んじている、彼等とビジネスを一旦始めると信用取引は間違いがないといわれるほどである。
インドの国勢調査によると、ジャイナ教の信者は420万人でインド全人口の0.4%。しかし、ジャイナ教の団体によると、インド個人所得税の2割は信者が納めているという。
ジャイナ教の教えは、「うそをついてはいけないから約束は徹底して守る」。それが信用と成功につながっている。また「ジャイナ信徒は死後に、生前の善い行いと悪い行いが会計簿の債権と債務のように計算され来世が決まる」。だから「生前の行いは正しくあれ」という。ジュエリー・ビジネスは商品・金銭の貸借があり多額になるので信用がなければ取引は成り立たない。だから信用の厚いジャイナ教信者は圧倒的な存在感がある。
インド商人を印僑というが、ビジネス界でジャイナ教信仰者が多く国内外で活躍している。彼等はジェインと名がつけば、過去に一度も顔を会わせていない相手でも、名前を聞いただけでそれほど苦労しなくても取引に応じてくれるほどである。
インド商人は、総じて語学力が強い。英語はもちろん日本にいるインド人は日本語が驚くほど上手だ。また計算が速い。数学思考の原点であり、コンピュータサイエンスの基礎概念である零「ゼロ」という数を発見したのはインド人だ。日本の九九は「9×9=81」までなのに対し、インドの子供は義務教育の段階で「19×19=361」まで暗記させられるというからすごい。ジャイナ教信者の人たちは完全なヴェジタリアン〔菜食主義者〕で食生活はもちろん日常生活の戒律も厳しい。
筆者のビジネスのスタートはインドからでウォッチ・ビジネスが最初である。過去50年にわたり海外取引に関与した。インドにはダイヤモンド買い付けにボンベイに数十回にわたり出かけ、ジュエリーの買い付けにジャイプールにも度々赴き、ジャイナ教信徒の宝石商と折衝した。時計・宝石・貴金属では世界的にユダヤ商人が多い。香港や中国では宝石華僑と付き合うなど多くの国々のジュエラーと付き合った。このジュエリー・ビジネスは、商品の中でも高額であり価値がある専門品なので取引の根底には世界中どこでも信用第一である。
インド人の中でも限られたジャイナ教信者に宝飾品実業家が多いのもうなずける。またジャイナ教徒は社会貢献に熱心で、病院などを多く手がけることでも知られる、「所有のこころを持つなかれ」との教えがそうさせるのだそうだ。「ひとり裸で生まれ、ひとり裸で死んでいく」事業の成功もすべてうたかたのもの。この達観がここ一番の冷静な判断とさらなる成功を呼ぶのかもしれない。インド宝石商にはジャイナ教信者が多く、彼等との付き合いを通して人生学ぶことが多い。
「楽しいジュエリーセールス」
著者 早川 武俊